一万キロメートルは天文学的な数字に聞こえるが、分解すれば1日あたりわずか27.4キロメートルだ。私はこの挑戦を丸一年かけて成し遂げた。その過程で台風の日、仕事のスランプ、怪我からのリハビリを経験し、そして新たな自分自身も手に入れた。
きっかけ:ある新年の願い
毎年1月1日、私はその年の願い事を一つ決める。ここ数年は「本をたくさん読む」か「英語を学ぶ」のどちらかで、結果的に2月を乗り切れずに諦めるのが常だった。2024年の元旦、私はStravaの前年の総走行距離——3,800キロメートル——を見つめながら、こう考えた:もっと具体的で、測定可能な目標を自分に課してみてはどうか?
一万キロメートル。
計算してみると、平均で1日27.4キロメートル、つまり週に約192キロメートルだ。当時の自分の体力と生活スタイルを考えれば、この数字は「達成可能」と「ややハード」の間にある。ちょうど良い挑戦のハードルだった。
第1クォーター:蜜月期間(1月〜3月)
1月はやる気に満ちていた。通勤ルートを地下鉄から自転車に変え、片道14キロメートル、往復でちょうど28キロメートル。毎日のノルマを楽々クリアできた。週末のグループライドも加わり、最初の1ヶ月で950キロメートルを積み上げ、進捗は予定を上回った。
2月は旧正月で少し気が緩んだが、三が日明けの130キロメートルの島一周前哨戦グループライドで取り戻した。3月になると天気が暖かくなり、自転車に乗るモチベーションはさらに高まった。第1クォーター終了時点で累計2,700キロメートル。目標進捗より200キロメートル多く走っていた。
私は内心ほくそ笑んでいた:この挑戦、思ったほど難しくないじゃないか。
第2クォーター:現実の試練(4月〜6月)
4月、仕事が繁忙期に入った。何日かは夜9時まで残業し、家に帰る頃には自転車に乗る元気など全くなかった。通勤ライドの頻度は週5日から週3日に減り、週末もしばしば残業や家族の集まりで埋め尽くされた。
5月、進捗は遅れ始めた。私は初めて「ランニングマシン効果」を実感した——毎日、昨日の遅れを追いかける日々。プレッシャーは増すばかりで、自転車に乗る楽しさが消え始めた。何度か、帰宅途中に雨の自転車道を見つめながら、乗るかどうか迷ったものだ。
6月、もっと厄介なことが起きた。グループライド中にバランスを崩して転倒し、左膝を地面に打ち付けたのだ。レントゲンでは骨折はなかったが、靭帯を痛めて2週間の安静が必要だった。この2週間、私は1キロメートルも走れず、進捗表の赤字がどんどん目に痛くなっていった。
第2クォーター終了時、累計走行距離は4,900キロメートル。目標進捗より100キロメートル遅れていた。数字だけ見れば大した差ではないが、心理的な挫折感は数字が示すギャップをはるかに上回っていた。
中間調整:ルールの再定義
7月初め、私は本気で諦めることを考えた。体力の問題ではない。この挑戦が、自転車に乗ることをプレッシャーに変えてしまったのだ。妻と一晩話し合い、彼女はとても賢い一言をくれた:「あなたは自転車が好きだからこの目標を立てたんでしょ。もし目標のせいで自転車が嫌いになるなら、その目標を調整すべきよ。」
私は戦略を調整した。毎日のノルマに固執するのをやめ、週単位で計算することにした。これなら忙しい平日は少なめに走り、週末に取り戻せる。また、トレーニング台の走行距離もカウントすることを自分に許した——以前は屋外ライドのみをカウントしていたが、今は室内ライドも含めることにした。
この調整は基準を下げたように見えるかもしれない。しかし実際には、これがこの挑戦を救ったのだ。プレッシャーが減ったことで、自転車に乗る楽しさが再び戻ってきたからだ。
第3クォーター:リズムを取り戻す(7月〜9月)
夏は台湾の自転車シーズンの黄金期だ(暑さを気にしなければの話だが)。私は朝5時に出発する習慣を身につけ、日差しがまだ強くないうちに毎日の走行距離をこなした。早朝の台北には特別な魔力がある——誰もいない通り、ひんやりとした空気、ゆっくりと明けていく空。
8月の台風シーズンはまた別の挑戦をもたらした。丸一週間、台風のせいで外に出られず、私はトレーニング台で7日間を耐え抜いた。リビングで窓の外の嵐を見ながら、画面の中のバーチャルコースに向かってペダルを踏む。楽しいとは言い難かったが、少なくとも走行距離は遅れなかった。
9月末、私は4日間の島一周ライドに出かけた。4日間で960キロメートルを走り、一気に進捗を予定より前に戻した。累計走行距離は7,800キロメートルに達した。
第4クォーター:最後のスパート(10月〜12月)
10月に入ると、一万キロメートルの達成は時間の問題だと分かっていた。残り2,200キロメートル、3ヶ月の猶予。月に730キロメートル走ればいい。このペースは、今の自分にとっては日常茶飯事だった。
しかし11月、思いもよらないことが起きた——風邪を引いたのだ。しかも長引くタイプの風邪で、咳がまるまる3週間続いた。医者から激しい運動を固く禁じられ、私はゆっくりとした通勤ライドで最低限の走行距離を維持するしかなかった。その3週間、毎日15キロメートルも走れず、またしても進捗が遅れ始めるのを目の当たりにした。
12月初旬、ようやく風邪が治った。計算してみる:残り800キロメートル、残り31日。1日平均26キロメートル。ちょうど年初のノルマに戻っただけだ。すべてが原点に戻ったかのようだったが、私はもう年初の自分ではなかった。
達成の瞬間
12月27日、いつもと変わらない金曜の朝。通勤途中、Garminの年間走行距離が10,003キロメートルに達したのを目にした。花火もなければ、ゴールラインもない。ただ台北市街の、どこにでもある信号機の交差点だった。
私は道端に停車し、スクリーンショットを撮って妻に送った。彼女からは「やっぱりあなたならできると思ってた」というスタンプが返ってきた。そして私は再びペダルを漕いで出勤した。
それだけのことだ。一万キロメートルの挑戦は、ある平凡な朝に幕を閉じた。
一年後の振り返り
最終データ:年間10,247キロメートル、走行日数287日、総獲得標高98,000メートル。この数字の背後には、287回の早朝アラーム、「今日は乗りたくない」という数え切れない葛藤、そして「それでもやっぱり出かけた」という小さな勝利の積み重ねがある。
この挑戦が私に教えてくれた最も大切なことは、持続する力は爆発的な力よりはるかに強いということだ。一万キロメートルは、何度かの長距離ライドで達成されたのではなく、毎日の27キロメートルの積み重ねで達成されたのだ。この道理は自転車にも、人生のあらゆる長期的な目標にも当てはまる。
今年の年間目標?一万二千キロメートルだ。一万では足りないからではない。自分ならもっとできると分かったからだ。
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